塾長の独り言 -
優子-1
平成30年6月8日
午後8時5分前に待ち合わせ場所に着いた。優子は逆に5分遅れてきた。
水色のワンピースに薄手の上着を着てる優子は、僕より大人にみえる。
話しかける言葉が見つからず、しばらく歩いて予約しているレストランに着いた。
高層階の無数の光の瞬きが見える窓際のテーブルで、優子は物憂げにその景色を見ている。
「このごろ すれ違いばかりだよな」
「そうね」
そっけない返事だけでなく、遠くに行ってしまった優子の心の内までも僕の前にさらされる。
「なんにする? なんでもご馳走するよ」
「いいよ 無理しなくても」
消え入りそうな小声が返ってくる。
優子の気持ちがわからない。
信頼と愛情に築かれていた筈のこれまでの関係が、もろくも崩れようとしている。
柄にもなく、ワインをウェイターに頼む。
テエイスティングの役割をまかせられても、どう表現していいのかもわからない。
「結構です」
そう言うのが精一杯の様子を、見下したような優子の視線が突き刺さる。
「すれ違う事が多いと思うんだけど、なんとか出来ないかな」
「なんとかって?」
取り付く島が無い。
どれくらい沈黙の時間が過ぎただろう。
「私、もう帰るよ」
「また、会えるかな」
「え、もう何も話す事なんて無いよ」
優子は言ったきり目を伏せた。
いつの間にか変わってしまった恋人の横顔を、なすすべも無く眺めている胸底は引き裂かれんばかりだ。
「また、メールするから」
悲しい返事さえもなく、逆にほっとした。
振り向きもせず、都会の雑踏の中に消えていく優子の後姿が見えなくなるまで見送った。