塾長の独り言 -
『常識となりゆき』で多くの犠牲

平成26年8月15日
69回目の終戦記念日となる今日、全国戦没者追悼式が開かれた。
新聞記事によると、先の戦争で犠牲になった数は350万人にのぼるという。
今回の式典参加遺族5000人の内、戦没者の妻が19人、戦没者の父母は
4年連続0という。遺族の高齢化が進み、戦争の痛ましさを伝える人も減り、益々の風化が恐ろしい。
思えば、私の亡き父は、終戦まで北九州若松の高塔山での高射砲部隊だったと生前聞いた。
父も多くは話す事もなく、私もあまり聞く事もなかったが、八幡製鉄所を攻撃に来るB-29を
地上から迎撃する任務だったそうだ。
ただ、高い高度で飛行する米軍機までは砲弾は一度も届く事がなかったと聞いた記憶がある。
8月8日には八幡は空襲で焼け野原になった。
その八幡製鉄所に終戦後生まれの私が就職出来たのも何かの運命を感じる。
私は今、先の戦争のきっかけを云々する知識も持ち合わせていず、何の判断もできないが、
その当時の国家としての当然の『常識となりゆき』だったのだろうか。
8人の孫が成人になる頃の世の中はどんな世の中なのだろうか。
平和な世の中であって欲しいと心から願わずにはおれない。
時の政権の『常識となりゆき』で悲しい世の中になってはならない。
69回目の終戦記念日に思う。