塾長の独り言

大人ってどんな人?

平成27年3月30日

来月の半ばに、福岡県知事と県会議員の選挙がある。
いつからになるのかわからないが、投票権が現在の「20歳以上」から「18歳以上」になるという。
どんなに体が大きく頼もしくなっても、どんなに美しい晴れ着が似合うようになっても、それだけでは大人とは言えない。

他人に自分と同じすばらしさを認め、自分に他人と同じ醜さを認め、どんな権威にも惑わされず自分の意見があり、とらわれることのない純粋な魂を持ち続け、今あるものをどう作り変えようとするのか。
・・・大人ってなんだろう。

「10代はまだ子供」という大人の意見に言い返そうとしない若者も少ないかも知れない。
「あれが大人のする事か」と絶句したくなる事件もあまりに多過ぎる。

「大人」ももっと、若者が憧れる「大人」になって、日本全体が本当の意味での「大人」になるべきなのかも知れない。


自分自身にさわやかなプレッシャーを!!

平成27年1月22日

『今日も一日、何もなく無事に過ごせたよ』
素晴らしいことです。なかなか出来ない事です。
平穏である事が、幸せの原点なのかも知れません。

しかし、それだけでいいのでしょうか。
昨日より今日、今日より明日と一歩前進したいと思う時、
ちょっと何か足りない気はしませんか。

生活の面でも仕事の面でも、もうひとつ自分にささやかでもいいから、
ちょっとのプレッシャーをかけてみませんか。

今日と同じ明日でもいいのですが、もっと良くなりたい、もっとこうありたいと思う時、
普段よりエネルギーが要ります。

しかし、変えるのはあなた、変わるのもあなたなのです。
自分自身にプレッシャーをかけ、前進するエネルギーを湧き起こしてみようではありませんか。

明日の自分を自信を持って話せる今日でありたいものです。


『常識となりゆき』で多くの犠牲

平成26年8月15日

69回目の終戦記念日となる今日、全国戦没者追悼式が開かれた。
新聞記事によると、先の戦争で犠牲になった数は350万人にのぼるという。
今回の式典参加遺族5000人の内、戦没者の妻が19人、戦没者の父母は
4年連続0という。遺族の高齢化が進み、戦争の痛ましさを伝える人も減り、益々の風化が恐ろしい。

思えば、私の亡き父は、終戦まで北九州若松の高塔山での高射砲部隊だったと生前聞いた。
父も多くは話す事もなく、私もあまり聞く事もなかったが、八幡製鉄所を攻撃に来るB-29を
地上から迎撃する任務だったそうだ。
ただ、高い高度で飛行する米軍機までは砲弾は一度も届く事がなかったと聞いた記憶がある。
8月8日には八幡は空襲で焼け野原になった。
その八幡製鉄所に終戦後生まれの私が就職出来たのも何かの運命を感じる。

私は今、先の戦争のきっかけを云々する知識も持ち合わせていず、何の判断もできないが、
その当時の国家としての当然の『常識となりゆき』だったのだろうか。

8人の孫が成人になる頃の世の中はどんな世の中なのだろうか。
平和な世の中であって欲しいと心から願わずにはおれない。
時の政権の『常識となりゆき』で悲しい世の中になってはならない。
69回目の終戦記念日に思う。


これからが楽しみ

平成26年7月1日

あなたの子供に生まれてよかった
これまで健康で 食べるだけには困らなかった
あなたと一緒になれてよかった

幸せを数える指が足りなくなりそうです
辛い事もあなたとだから乗り越えてこれた
そして 多くの仲間が癒してくれる


階段二段上がりが出来なくなったこれからが
人生の味に深みが出るのです
気負わず焦らず 自分好みの味付けをしよう


一本の桜の木

平成26年3月10日

また春が来る
その木は、細い道の先の丘の上にあった
春になると、誰も来ないいのに しだれた枝に覆いかぶさるように桜の花が咲いた
その時期になると、毎年二人でそこに行って手持ちの弁当を食べた

ただあの日だけは、4月の中旬だというのにまだ桜は満開ではなかった
もともと、いつも麓よりは数日遅れて咲くのが普通だったが、その年は特別だった
二人が桜の木の下についた頃は、陽気のせいもありお互いの手は少し汗ばんでいた
桜の木の下で、いつものように手持ちの弁当を食べた
無理にいつもと同じように話したり振る舞ったりしたが、あの日はいつもと違っていた

あの時以来になる、数十年もあなたに会っていない
あなたは東北に住み、流産を一回したが二人の子供を生んで平凡な生活をしていると聞いていた
50台の後半にはちょっと重い病気をしたとも
そういえば、あなたは昔から体が丈夫な方でなかった
二人で雨に濡れたりしたときには、あなただけが風邪をひいた

そんなあなたが、最近入院していると聞いた
どんな病気なのかはわからない、大丈夫だろうか
さびしい思いはしてないだろうか
不安になってはいないだろうか
病気は回復の方向に向かっているのだろうか
心配だけがつのる、一日も早く元気になってください

数十年ぶりに見たあの桜の木は、あの時と同じように桜の花がしだれるように咲いている
木の下には私が一人
今あなたは遠くの人の妻、わたしはあなたに何もしてあげることができない・・・・・・・・・
・・・・・・ただ、わたしは祈るだけ